クリスマス企画 ホットチョコレート

なんでもないことが一番大切だってことは、案外気づかない。

「メリークリスマース!!」
 おっさんの素っ頓狂な声と、クラッカーの音に、俺は顔をゆがめた。
「……はあ」
「シグレ君シグレ君、テンション低いですよ! ほらサギリさんも一緒にやりましょう! メリークリスマス!!」
「ます……」
 すぱーん、と今度はおっさんとサギリが一緒になってクラッカーを鳴らす。
 俺は呆れて目の前の光景をただ眺めた。
 冬のお祭り、クリスマス。
 所謂家族のお祭りというやつだ。
 町は飾りがところ狭しと並べられ、家の中ではどこでも家族が肩寄せ合ってお祝いをする。
 そんな幸せいっぱい夢いっぱいの祭りらしいのだが、俺は全然盛り上がることができなかった。
 そもそも、同じ家に住んでいるが俺たち三人の血はつながってない。
 半年前に終結したアーメスとの戦争のあとに、偶然できた「家族」だ。
 人を殺せと俺たちに命じていた奴らがいきなりいなくなって、呆然としていた俺とサギリをおっさんが拾った。
 きっかけはただそれだけ。
 つながりも多分それだけ。
 なのに、このおっさんはことあるごとに家族家族と繰り返し、鬱陶しいくらいに年中行事にこだわりまくる。
 いいじゃねえか別に。
 こんな無駄なこと。
 寒い冬なんだからごちそうなんかつくらずに食料を保存したほうが効率的だ。
 飾りも、クラッカーもただ騒ぐたけの小道具なんてただ資源を浪費しているだけにしか見えない。
 大昔に預言者が生まれたって、ただそれだけの日をありがたいって気にはならないし。
 シャンパンを引っ張り出してあけようとしているおっさんをいい加減止めるべきかどうかと考えていたときだった。
「メリークリスマス、センセ!」
 こんこん、とかわいらしいノックがあって、探偵事務所のドアが開いた。
 若草色のコートを着た、金髪の女が、若草と同じくらい朗らかに笑いながら入ってくる。
「フヨウさん! いらっしゃい!!! メリークリスマス!!」
 おっさんがシャンパンを放り出して女を迎え入れる。
 彼女の名前はフヨウ。
 俺たちが技能を使ってやれそうな職業、ということで適当に始めた探偵業の客第一号だ。
 そのときの依頼はなんとかこなしたものの、チームワークもへったくれもない、生活能力もない俺たちを見かねて事務員としてやってきてくれたという奇特な女性だ。
「クリスマスらしい素敵な飾りですねえセンセ、飾るの大変だっただしょう」
「いえいえー、これくらい私の実力をもってすればちょちょいのちょいですよ!」
 嘘つけ。
 クリスマスとは何か、と調べることから始めて、ああでもないこうでもないと大騒ぎしたあげくに、俺たちまでつきあわせて死ぬほど引っ張り回したんじゃねえか。
「ふふ、センセ、シグレちゃんが『そうじゃないだろ』って顔で見てますよ」
「あちゃー、ばれてしまいましたか。実は社員総出で丸一日かかったんです」
「そんな楽しいこと、私をのけものにしてやっちゃったんですか? 水くさいですわ。呼んでいただけたらお手伝いしましたのに」
「かよわいフヨウさんにそんなことさせられませんよ!」
「いやだわセンセったら、私結構丈夫なんですよ?」
 ころころと笑うと、フヨウはふくよかな手でおっさんをどついた。
 ……しかし、なんで俺の不機嫌顔に気づくかな、あの人は。
 フヨウの意外な勘の良さは、俺にも原因がわからない。
「そうそう、私のほうからもクリスマスパーティー用にと思って、ごちそうを持ってきたんですよ」
「ええ? フヨウさんいいんですか?」
「私もクリスマスパーティーをセンセ達と楽しみたいですもの。はい、まずこっちが焼きたてのミートパイ、それからこっちがホットチョコレート」
「うわあ、いいにおいですねえ」
 うきうき、とおっさんは小躍りしながら人数分のマグカップと皿を取りに台所に向かう。
「……」
 俺はのっそりと起き上がった。
 わけわからん祭りでも、そのために骨を折ってくれたフヨウに礼は言わないと悪い。
「フヨウ、……その……ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。……でもシグレちゃん? クリスマスはあんまりなじめない?」
 小首をかしげて、屈託なくフヨウは俺に笑いかける。
「……っ。……それは、その……」
「ねえシグレちゃん、ちょっとこれを飲んでみて?」
 フヨウは、ポットの中のホットチョコレートをカップに移すと俺に手渡した。
 一口飲むと暖かな甘みが体に染み渡る。
「ね、おいしい?」
「おいしい」
 これはお世辞抜きだ。
 フヨウの料理はそこら辺のレストランよりうまい。
「おいしいものを食べると、嬉しくない?」
「…………まあ、それなりに」
「でしょう? おいしいものを食べて、綺麗な飾りを見て、プレゼントを交換して、ちょっと嬉しいことをみんなで共有すると、幸せな気持ちにならないかしら」
「……」
 俺は沈黙したまま、彼女の言葉を頭の中で反芻した。
 確かに、悪くはない。
「お祭りはね、そういう幸せのためにあるのよ」
「……」
 フヨウは俺に笑いかける。
 とても幸せそうに。
「……そんな小さいことが?」
「でもとても大切なことなのよ。センセは、そういう幸せをサギリちゃんとシグレちゃんに味わってもらいたいんじゃないかしら」
 俺は、おっさんが何故ことさらに年中行事に騒ぐのかがわかった。
 おっさんは、俺たちに与えたかったのだ。
 多分当たり前の子供ならばとっくの昔に手に入れているはずのちっぽけな幸福感を。
 ささやかな夢を。
「……うん、そういうことのためなら、祭も悪くないかな」
「でしょう?」
 フヨウが笑う。
 ふと、サギリに目を向けると、彼女もまたホットチョコレートを口にしながら、幸福そうにほほえんだ。

お題の四つめ。
うーん、またもやお題がかする程度にしか関係してないよーな。
いいんだ。
幸せそうな探偵一家が書けたから。

えーと、この話は探偵一家がまだ家族ごっこを始めて半年という設定です。
過去話ですね。
だもんでしぐれちゃんがひねててぐれてます。
でもこういうシグレちゃんも書きたかったんだーい!


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