クリスマス企画 賛美歌の調べ

それは祈りのための歌

「それで、やめて帰ってきたのか?」
 帰宅するなり、むくれて拗ねている娘を見つけたワイアットは妻からそんな説明をうけた。
「ええ。どうしても肌にあわなかったみたい」
「うちのお姫さまにも困ったものだなあ」
 ワイアットはコートを脱ぐと苦笑する。コートを受け取った執事も困って笑っていた。
 今日、娘は妻とともにとともに教会へ行っていた。
 騎士の家系とはいえ由緒正しい貴族であるライトフェロー家の娘として聖歌隊へ入隊するために。
 貴族の子女として、歌は割とポピュラーな習い事だ。
 聖歌隊であれば、歌だけでなく行儀もしつけられるためにいい勉強となる。
 夫婦で話し合って、選んで連れて行ったのだが、うなくいかなかったらしい。
「クリス?」
 ワイアットが声をかけると、ソファの隅で丸くなっていた子供の背がぴくりと動いた。
「ただいま、クリス。どうしたんだ? 風船みたいなふくれっ面をして。かわいい顔がだいなしだぞ?」
「お父様……」
 抱き上げて膝の上にのせると、五歳の子供はすっぽりと腕の中に収まる。
 妻もやってきてその隣に座った。
「レディはとっくみあいの喧嘩なんかしちゃだめなんだぞ?」
「……〜〜だって」
 ワイアットを見上げてクリスは口をとがらせた。
「だって?」
「クリスのお歌が変だって、みんな笑うんだもん!」
 クリスの吐きだした理由に、ワイアットは益々苦笑いになった。
 まだ五歳のクリスだが、その歌の才能は非常に独創的なものがあるのだ。
 そもそもそれを矯正する意味もあったのだが、容赦ない他の子供達の前では逆効果だったらしい。
「それに……それに……」
 クリスは顔を真っ赤にして目に涙をためる。
「クリスがお歌が下手なのは、お父様とお母様のお歌が下手だからって言うんだもん!!」
 そう訴えたクリスの瞳からはぽろぽろと涙がこぼれた。
 どうやら、怒って取っ組み合いの喧嘩になったのは、両親を侮辱されたことが本当の原因らしい。
 言うに事欠いて、家族まで侮辱するとは。
 子供でもやっていいことと悪いことがある。
 ワイアットはクリスから視線を外すと、傍らの妻と頷きあった。
「わかった。じゃあ聖歌隊にはもう行かなくてよろしい!」
「本当? お父様」
 こんな口さがないことを言う子供がいる場所なら、何も無理して通うことはない。
 理由は言わずに頷くと、娘は笑った。
「そのかわり、お歌の練習はするぞ?」
「えー?」
 娘はせっかく笑顔になった顔をまた不満そうにゆがめた。
 女の子らしいおままごとよりは、剣術のまねごとのほうが好みなのだ、この娘は。
「お歌の先生はお父様だ。それじゃ嫌か?」
「お父様が?」
 クリスはぱあっと顔を輝かせた。
「そう、お父様はこう見えてお歌も得意なんだ。いいだろう?」
「わーいっ!!」
 クリスはワイアットの首にしがみついた。ワイアットは笑いながらクリスを抱き上げる。
「じゃあ早速歌おうか。何がいいかなー、そうだ、クリスマスだから賛美歌がいいか」
「さんびか?」
「お祈りの歌だよ。クリスは何を神様にお願いする?」
「お父様とお母様とずっと一緒にいられますように!」
 屈託なく笑って答えたクリスの言葉は、思いがけなくワイアットの胸に突き刺さった。
 それは絶対に叶うことのない祈りだったから。
 ワイアットはそれでも笑ってクリスの頭をくしゃくしゃとなでる。
「そうか、じゃあがんばって練習しような」
「うん!」
 叶わぬことを知りながら、それでも叶うことを願いながら、ワイアットは妻と娘と三人で祈りを歌った。
 繰り返し、繰り返し。
 家族の幸せを重ねて祈った。

お題の三つめ。
なんだかびみょーにクリスマスと関係ない話になったよーな。
しかも、賛美歌も関係なさそーな。

賛美歌と聞いて、クリスを引き合いに出したくなって、
気がついたらワイアットさんの話となりました。
幸せな話にするつもりがちょっと切ない系はいっちゃいましたー。
たはー。
なかなか難しいですねえ。


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