ほしいものは、それだけ。
なのに。
「リリィ様ー、入りますよー」
「はいはい、開いてるからさっさと入ってきなさいよ」
従者の帰宅に、リリィはのんびりと顔をあげた。
見るとそこには両手いっぱいのプレゼントを抱えたリードとサムスが仲良く並んでいる。
今日はクリスマスイブ。良家のご令嬢であるリリィには他国へ留学中だというのに(否、留学中だからこそか)故郷や関係者からプレゼントがいくつも贈られてきていた。
リリィは寝転がっていたソファから降りると彼らの持っている包みを眺める。
「また大量ねー。それ全部あたし宛?」
リードはリーゼントに引っかかっていたリボンを外すと、プレゼントをテーブルの上におろして笑う。
「そうですよ、お嬢さん! こっちの大きいのがグスタフ様から、でこっちがマルロ様」
「なんでかコウユウさんやロウエンさんからも来てますよ」
サムスも笑いながら荷物をリリィの前に降ろす。
「それからこっちがハルモニア貴族のリヒテンシュタイン様からで、こっちのは同じ貴族のミッテンガルド様」
「ふーん?」
「このへんのプレゼントは宝石ですかねえ」
「でしょうね。箱が小さい割に重いし」
いかにも高級そうな貴族からのプレゼントを、リリィはおもしろくもなさそうにその手でもてあそんで、またプレゼントの山に戻した。
「あけないんですか? お嬢さん」
「どーせ下心つきのプレゼントだしね。メッセージだけ確認してこのへんの高そうなのは送り返すわ」
ハルモニアに留学してきてそろそろ半年。
辺境の国とはいえ鉱物資源の豊富なペンドラゴン領はそこそこに魅力的な土地らしく、神官将の家に居候しているにも関わらず縁談はひっきりなしに舞い込んできていた。
しかし、プレゼントを受け取り慣れたお嬢様は宝石程度では眉一つ動かさない。
「あとは誰からなの?」
「そうですねー、この白い包みがクリス様から。こっちがゼクセン評議会、この個性的な包みはカラヤクランのヒューゴさんとルシアさんからです。で……」
「……家主のは?」
リリィの問いに、説明をしていたリードがぴたりと固まった。
「えーと」
リリィの言う、家主。
それは、強引に押しかけ勝手に客間を占拠したリリィを鷹揚に迎え入れた、どこか掴めないハルモニアの神官将のことだ。
そして彼女の恋人、でもある。
リリィ同様、独特の思考回路をしているせいか、リードやサムスには理解しがたいことが多々あるのだが、彼らは確かに愛し合っている。
クリスマスは家族の祭りであると同時に、恋人達のイベントだ。
両手に収まりきらないほどのプレゼントの中に、恋人からのプレゼントがあるのが当然で。
「あ、あのっ! 北部では雪がひどいらしいんですよ!」
サムスがうわずった声で二ヶ月前から家主が出張している地方の現状を説明した。
「……それで?」
「なんでも馬車もろくに通ることができなくて、大変なことになってるらしいんです! だから」
「だから?」
「ササライ様のプレゼントが遅れてるのはしょうがないんじゃ……ないかと……」
もごもごと、最後は消え入りそうな声で、言い訳を募るサムスにリリィはほほえむ。
「知ってるわ、それくらい」
「だからお嬢さん!」
「いいわよサムス、あんたがあわてなくても」
諦めて冷めた顔で、リリィはプレゼントの山から離れた。そしてまたベッドにねころがる。
気にしてないと言いつつも、一向にテンションのあがらない主人の様子に、従者二人は顔を見合わせ、そしてハルモニアの神官将を恨んだ。
どんなにたくさんのプレゼントをもらっても、
どんなに豪華なプレゼントをもらっても、
彼女がほしいものはこの中にはない。
ほしいプレゼントはたった一つだけ。
ただ一人から。
物ではないプレゼントがほしいのだ。
決して自分たちには与えることができないことを知っていて、従者達が歯がみしたときだった。
ずぼっ、ずざざざざざざ、どすん! とものすごい音が暖炉から聞こえてきた。
そして爆弾でも爆発したかのように灰が暖炉から吹き上がる。
「な、何事?!」
令嬢は飛び起き、おつき二人は剣を構えた。
もうもうと部屋に充満した灰が、やや収まって視界を取り戻した彼らが見たのは、暖炉の奥にぶら下がる人間の足……だった。
「……何、これ」
「い、いたたたたた、なんだ、暖炉って意外に狭いんだな」
のぞき込もうとした暖炉の煙突から聞こえてくるのは、少年らしいボーイソプラノ。
この綺麗な声の持ち主を、リリィは一人しか知らない。
「……ササライ……なの?」
「えーと、今はサンタってことで」
「ことでじゃないでしょ! あんた何やってんのよ!!」
「サンタは暖炉から入ってくるものだときいたので、暖炉から入ってきてみたんです……っと」
ササライは、どうにかこうにか暖炉から自分の体を引っ張り出した。
煤だらけで一瞬わからなかったが、赤い衣装に三角帽子をかぶっているところから察するに、サンタのつもりらしい。
「メリークリスマスリリィさん!!」
綺麗な少年の顔を真っ黒にしたままササライはリリィに笑いかけた。
このあまりの異常事態にご令嬢は
「何やってんのよあんたはー!!!!」
当然のごとく雷をおとした。
「えー、見てわかりませんか? サンタですよサンタ! 服着て暖炉から出てきた時点で通じませんでしたか?」
「サンタが煙突からやってくるなんておとぎ話そのまんま実行する馬鹿はあんたくらいよっ。あたしが聞きたいのは、北部で仕事してるはずのあんたがなんでここにいるのかってこと!!」
「ああそれ」
びし、と指を突きつけられても、にこにこと神官将はあくまで笑っている。
「クリスマスですから」
「……クリスマス、だから?」
「こんな日にリリィさんを一人にしておけるわけ、ないじゃないですか」
「仕事はどーしたのよ」
「半分無理矢理片付けて、あとはナッシュに押しつけてきちゃいました」
「あんたかわいそうなことするわねー」
「部下の幸せよりリリィさんを幸せにすることのほうが重要ですから」
屈託のないササライのほほえみに、リリィもつられて笑う。
「あんた本当にサイテー」
「僕にとってリリィさんが大事なだけですよ」
「しょうがない奴ねー。それで? サンタって言うからには何かプレゼントをくれるの?」
リリィが言うと、ササライはにこっと笑った。
「もちろんですよ! 出張先で見つけたものですが、リリィさんが喜ぶと思って………………あれ?」
プレゼントを出そうとして、ササライの顔から初めて笑みが消えた。
「あ、あれ?」
ごそごそと懐を探るが、プレゼントは一向に出てこない。
「ササライ?」
「あ、あれー? おかしいなあ」
「あの……ササライ様」
服の中をいろいろと探しているササライに、リードがおそるおそる声をかけた。
「もしかして探してるのって、今足の下にあるものじゃないんですか?」
「足の下?……って、あー!!!」
ササライの足の下では綺麗にラッピングされた何かの包みが思い切りよくひしゃげていた。
おそらく暖炉の中で悪戦苦闘していたときに落ちたのを知らずに踏んづけたのだろう。
「ああああああああっ、ご、ごめんなさいリリィさんっ、私としたことがっ!!」
「ったくあんたって、本当に変なところで間抜けよねー」
「ど、どうしましょう。これは完全にだめになってますね……あああ、リリィさんに似合うと思ったのに……」
しょんぼりとうなだれるササライのあたまをリリィはぽんぽんとたたいた。
「壊れちゃったものはしょーがないわよ。プレゼントはまたの機会でいいわ」
「いいんですか?」
「あんたの馬鹿さ加減に免じて許してあげる」
そう言って笑ったリリィの顔に嘘はない。
ササライは顔を輝かせた。
リリィが怒らないこと、それは当然だ。
なぜなら彼女はもう既に一番ほしいプレゼントを手に入れているのだから。
「では次の機会にかならず素敵なプレゼントを差し上げますね」
「当然よ! でも!!」
リリィの頬に恭しく口づけようとしていたササライは、ぐい、と顔を押しのけられた。
お預けをくらった犬のような顔のササライをリリィはしかりつける。
「抱きつく前に、まずは風呂に入ってきなさい! それから部屋の掃除!!」
「あ」
暖炉から家に侵入するという暴挙にでた神官将様は、今更部屋と自分の惨状に気がついたのだった。
お題の一つめ。
たったひとつのプレゼントということで、ササリリでプレゼント話です。
恋人達が幸せな裏で、一人不幸な男がいたりしますが、そのあたりはご愛敬ってことで。
ササライ様があいかわらず天然ぼけです。
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